魚は天の川を泳ぐ

心臓と皮膚が離れすぎているからいけないのだ。
覇気のない店員の挨拶に見送られてコンビニを出た。途端に熱帯夜特有の湿度がまとわりついて、すぐ額に汗が滲んだ気がする。ビニール袋からアイスを取り出す彼女を眺める。ひとつを半分に割るタイプのアイスのパッケージを開けると、彼女は迷いなく折り目を割った。ぱきん。そして迷いなく片方を差し出してきたので、わたしも迷いなく受け取った。
あついね。うん、あつい。倒れそうだよ。やめてよ。冗談だって。
わたしの家に戻る足取りは少し軽い。部屋にいるとき、暑くてお互いうだっていて、アイスを買いに行こうという流れになったのだ。灼熱の行き道は後悔しかけたけれど、喉をひんやり通っていく液体の冷たさが火照った体に心地よく、一時的だとしても今は気分がよかった。彼女もこころなしか声が弾んでいる。
明日は晴れるかな。みて、星、きれい。そうだね。
空を指さした彼女につられて顔を上げると、予想以上にたくさんの星がまたたいている。すごいねえ。彼女がひそやかにつぶやく。上を向いた状態では歩きづらいからか、わたしたちは自然と手を繋いでいた。

片手にアイス、片手に掌。冷たいのと熱いの。彼女の体温は高いけれど、離したくない熱だと思った。わたしはもうずっと前からそう思っていた。わたしたちは一緒にいることが当たり前で、なのに一緒にいない時間も当たり前に過ごしていて、会って他愛ない話をしている時間がとても大切だなんて彼女が知ったら、笑われることも知っていた。あなたは心配性ね。彼女はきっと目を細めて言うだろう。大丈夫、わたしたちつきあっているんだから。

わたしはその言葉を聞くたび安心して、同時に、不安が倍になって押し寄せてくるので、いつもどっちつかずの顔で曖昧に笑うしかなかった。なぜならそれが理由になるなら、理由がなくなったとき、こんな時間もなくなることを認めなければいけない。おつきあいという免罪符にすがることのできないわたしは、一瞬一瞬の彼女の姿かたち、表情、服装、髪型、声の抑揚、仕草、立ち振る舞いをいかに目に焼き付けるかが課題だった。離れている間はそれらのピースをあたまの中で組み合わせて彼女をつくった。てのひらの中にいつでもいるという安堵を望むほど、ただよう彼女がどこかへ行ってしまう喪失感を生んでいた。いま掌を繋いでいる皮膚の隔たりがあるせいだというなら、夜空を見上げている彼女の横顔を見つめたままのわたしの、すっかり溶けて底に溜まる乳白色のアイスみたいにふたり溶けてしまいたかった。

いつか彼女はわたしから離れることを知っている。ありがとう。さようなら。しあわせになってね。ぱきん。迷いなく手を離して、振り返らない後ろ姿に日常が崩れる音を聞いたとき、今日を思い出すとおもう。胸の内側の熱が、この指先にともればいい。