大アルカナ0番

アルバイト先にひとつ年下の子がいて、当時はよく一緒につるんでいた。他は年配の女性ばかりだったし、一番近くても十五歳は離れているものだから、気兼ねなくため口で話したり愚痴を言い合ったりする関係になるのも、自然の流れだったと思う。
彼女は金髪でつけまつげを上下に装着した、いわゆるギャルだった。対する私は暗めの茶髪に薄化粧で、一緒にいるとギャップが面白く、互いにダメ出ししてからかいあっていたことを覚えている。
シフトが被った時は、喫煙所で煙草を吸いながら彼女の恋人の話を聞くのが恒例だった。基本的に喋るのは彼女で、私は聞き役だ。これまた随分年上の男性とのあんなことやこんなこと。ギャンブル、借金、未就業、元奥さんの話、連絡が取れないからプリペイド携帯を持たせている件、飛び交う罵声の内容、彼氏の車の中に転がっているビールの空き瓶の数々、そこで行うセックス。彼女はとても話し方が上手だった。彼女が喋ると全てネタになり、笑い話に変わってしまうので、スーツで武装したお堅い今の職場でも、彼女は浮くどころか皆から愛されていた。だるそうに、時には捲くし立てるように話す言葉の数々は、手垢のついた携帯小説の一節のようなのに、一番最後の話題ではうっとりとした声色に変わる。

彼女には行為に及ぶ時だけ会う男性がいた。こちらから連絡はできず、呼び出された時に会って、ホテルで数時間過ごすらしい。仕事が終わっていつも通り二人で煙草を吸っていたら、これから会いに行くことを目を輝かせて伝えてきた。口角も緩みっぱなしだ。こんな報告も、生々しい事後報告も恒例行事の一つだった。
「セフレ作りなよ」と唐突に彼女が言う。
「つくらないよ」
「ペットがいるもんね」
彼女の恋人も随分年上だったけれど、こちらのペットは更に年上だった。私はそのペットから別の名前で呼ばれていた。酷いことをされたい男と人嫌いな女王様。彼女は、自分から酷いことなんてできないらしい。私にも呼び出された時だけ会う献身さはない。

お互いの環境や考え方を否定したことはなかった。私は彼女の話をいつも面白おかしく聞いていたし、彼女も私の話を面白がってあれこれと聞きたがった。特別隠すことでもないというスタンスもお互いさまで、聞かれた分だけ話をした。ふろしきはどんどん広がって隠し事もなくなった。いつだったか、人でない生き物が目の前で素っ裸でダンスしている話をしたら、それ楽しいの?と訊ねられたので、何も楽しくないよ。と答えたような気がする。彼女と私は、ただ愚者で純粋で無邪気だという共通点で繋がっていた。若い私達は同調も共鳴もせず笑うしかなかった。仕事終わりに煙草を吸っている間だけは。